プロフェッサー星川の天竺ロック情報 vol.7/来迎山地蔵院延命寺

プロフェッサー星川の天竺ロック情報

連載終了のおしらせ

「最高の飲み友達、星川さん逝く」

- 河野亮仙-

 数年間にわたる闘病生活の末、去る5月16日、星川京児さんがこの世を去りました。63歳でした。連載「天竺ロック情報」も終了させていただきます。何につけ、なんでそんなこと知っているのだろうと驚きの情報満載で惜しまれることです。

 多方面にわたるご活躍をされたので、皆様、星川京児様を何と心得ているのが存じませんが、最高の飲み友達と認識している人が何十人も何百人もいて、お通夜では賑やかに語り合っていました。

 星川さんと知り合ったのは1983年に増上寺で行われたインド祭りが最初です。今は映画評論家となられている松岡環さんが呼びかけて、インド好きが集まってスポンサーもなく作り上げたお祭りです。現在、代々木公園で行われているナマステ・インディアの原形みたいなものです。

 星川さんもわたしも昭和28年生まれ、昭和47年の早稲田大学文学部の入試を受けています。もし、早稲田の同級生になっていたら、もっとずぶずぶの関係になって、好きな音楽関係の仕事に巻き込まれていたかもしれません。わたしも断れない方なので何をやらかしたか分かったもんじゃない。

 小学生高学年から中学の頃はベンチャーズ、ビートルズの全盛期です。共にエレキ少年といいたいところですが、わたしは不器用かつ練習嫌いなのでギタリストにはなりませんでした。

 ロックからブルースへ、ビートルズからラヴィ・シャンカルに、さらに、小泉文夫先生のFMラジオを聴いて民族音楽に興味を持ちというように、趣味、好みがよく似ていました。

 彼はバンド活動の中でギター、ベースのほか、ブルース・ハープ(ハーモニカ)、シタールなど、様々なことをし、演劇部出身なので、いろいろな劇団で劇の伴奏音楽を担当していたようです。オームというシタールを入れたバンドで活躍しました。インド祭りの頃はステージから離れていたのか、昭和59(1984)年には民族音楽の隔月誌「PAO包」を創刊します。

 手元に第二号が残っているので、おそらく、こういうのを始めたからなんか書いてくれという意味で渡されたのだと思います。これが本人も友人も全巻持っている人がいないようなので、情報をお持ちの方はお知らせください。

 ディスクユニオンに行ったら「とうようズ・レガシー(数量限定/2冊セット, 付録DVD)いう、中村とうようさんの資料全集を売ってました。とうようさんは「包」のライバル誌、別冊ミュージックマガジン『ノイズ』を発行していました。星川さんの資料もとりあえず全部収集しないといけません。

 彼の業績は出版関係やラジオ、映像メディア関係も多いのですが、特筆すべきはキングレコードから出した民族音楽のシリーズでしょう。200枚にも及ぶ『ワールドミュークライブラリー』、1992年、『民族音楽大集成100枚組』で第34回レコード大賞特別賞を受賞しました。1999年には『日本の伝統音楽』をプロデュースし、同企画賞を受賞しました。世界に誇る、百年後にも残る仕事です。箏曲に「江戸のバッハ」というキャッチをつけるなど、パッケージ、商品化して新たな魅力を発見し提供することを心がけていました。

 星川さんは50枚組の『世界宗教音楽ライブラリー』もプロデュースしていて、各民族の文化・宗教は尊重しています。特定の宗教、宗派の信仰は持たないので音楽葬で送ることになりました。骨もガンジス河に流したいと語ったそうです。

 そもそも、宗教とか音楽、舞踊、芸術という言葉が出来る以前、唄ったり踊ったりすること自体が祈りでした。音楽や書画という形を通して、その人のオーラを発信し、魂を人に伝え、喜びを与え、癒やし、神霊と交信するものであって、宗教と一体です。お経がそれより偉いというわけではありません。

 音楽芸能というのはキリスト教や神道・仏教、各民族の祭礼と共に育っています。50枚組のセットには『地球の祈り』という豪華本がついていて、そこに『聖と俗の狭間に生きる芸能者』という一文を寄せました。インドから日本に至る宗教と音楽芸能の始まりについて概説しました。これは今まで書いたなかで一番気に入っているものです。


音楽葬で天の星に

 さて、延命寺の地下は斎場として営業してますので、今まで何回か無宗教葬というのを見ています。たいした業績もない平凡な方の葬儀で友人が何か語っても、なんとも締まらない、なんか腑に落ちない感じになります。

 最後に焼香する、献花する、榊を捧げるなどという所作で故人と交流する場がないと腑に落ちないのです。伝統の儀式というのはそれなりに心理劇としてよく構成されています。

 原爆の日など無宗教という建前で黙祷を行う習慣になっていますが、黙祷も献花も実はキリスト教の儀礼です。もっとも、ネアンデルタールも死者に花を供えていたといわれますが。

 さて、音楽葬ということで亡くなられた日から友人たちが苦労して手配しました。インドやジャワ、バリ関係の音楽家がスケジュールを合わせてくださいました。これはかつて芸大楽理科系の方が中心となってやっていたインド音楽研究会とバリ芸能研究会の合同葬のようになりました。普通なら準備に二、三月かかるイベントがあっという間に決まりました。

 魂に呼びかける口琴に始まり、わたしが声明で合わせ、インド音楽、バリのガムラン、ジャワのガムランが次々と演奏されました。仲間内で出来ることはここまででした。88年インド祭などで星川さんとつきあいのあった坂田明さんが自ら演奏したいとおっしゃってくださいました。

 葬儀前日に、延命寺の花祭りで上演した金子みすゞの詩「鯨法会」に題材を取ったバスクラリネットの演奏をお願いしました。花祭りにはほとんど、毎年、見えてましたが、今年は体調が悪く出かけられませんでした。その頃から食べられていなかったようです。

 星川さんのイメージは鯨でした。酔っ払った鯨、酔鯨でした。これは高知県のお酒の名前で星川さんは香川県でしたが、まあいいか。

 バスクラで鯨が鳴いています。口琴やガムランの演奏も加わった後、スタンダードナンパーの「メモリーズ・オブ・ユー」を静かに演奏し、般若心経で締めました。

 思い出話に花咲いて名残惜しい友人たちには申し訳なかったですが、奥様もご家族もお疲れなので、「ハナ肇がなくなったとき、クレイジーキャッツは解散しますと宣言したそうですが、星川組は解散しません、また、お目にかかりましょう」といってお終いにしました。

 実は、翌日葬儀の予定が曖昧で、これまたどうやって締めようかと通夜の後、打ち合わせをしていたところ、能楽囃子方の名手一噌幸弘さんが能管を吹きたいと自らおっしゃってくださいました。たまたま、ロンドン公演から帰国したばかりで予備のためにスケジュールを空けておいたのだそうです。凄いぞ星川。

 出棺のときに、天まで持って行かれるような力強い笛を吹きました。日本の伝統芸は奥が深くて凄いなあと思いました。縄文時代も石笛を吹いてこのように送ったのでしょうか。能管は中国から入った龍笛を改良して石笛の音に似せたものともいわれています。

 星川さんは五男坊、ごろごろと育って、あまり甘えられなかったのかもしれません。何か人恋しいみたいなオーラを、みんなが本能的に感じて友達が寄ってきたのでしょう。飲んでも乱れず、マニアックな話を面白く語る座談の名手でした。星川さんの頑健さというのは縄文人パワーでしたね。

 肝臓ガンですからお酒はいけないはずでしたが、民間療法と称してワインを嗜んでいました。見てくれの通り頑強な身体、強靱な精神力で明るく前向きに生き抜きました。奥様の康江さんも飲んべえなので、酒飲みの気持ちが分かる。絶妙な匙加減で彼の寿命を延ばしていたことと思います。

 四十九日が終わる頃に七夕がやってきます。天の星を見上げると星の川になってこちらを見ていると思います。男だったり女だったりデブだったりチビだったりという皮を被ってこの世に存在するように見えますが、それは本体ではありません。

 楽譜が音楽なのではない、今聴いていると思っている音が音楽なのではない。音は時間と共に消えていく。その奥にある伝えたいエネルギーが音楽。それを身体で受け止めて脳の中で再構成しています。人もその本体、ソウルは観じる人には現れる。不滅です。

 星川君に今日も献杯!



 星川京児(ほしかわ・きょうじ) −プロフィール−
星川京児(ほしかわ・きょうじ) 音楽プロデューサー。
1953年香川県生まれ。
民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作、専門誌制作に携わる。
NHKの「世界の民族音楽」のDJはじめテレビ、ラジオ番組の司会やパーソナリティとしても出演多数。
映画『ラストエンペラー』では、音楽を担当した坂本龍一のブレーンとして活躍。
代表作にキングレコード『ワールド・ミュージック・ライブラリー』、『日本の伝統音楽』<レコード大賞企画賞>、『日本の民族音楽』<芸術祭賞>など。




■バックナンバー

Vol.10 東京シヴァラートゥリー・フェスティヴァル
Vol.9 2月26日延命寺でもシヴァラートリー
Vol.8 あしたのジョーとニューミュージックマガジン、そしてビートポップスの頃〜その1〜
Vol.7 ロック、この一枚 −最高の飲み友達、星川さん逝く−
Vol.6 ロック、この一枚 −プロコルハルムが好きだった−
Vol.5 ロック、この一枚 −サイケデリックの時代−
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Vol.3 ロック、この一枚 −現代音楽とロック−
Vol.2 ロック、この一枚 −混沌のロック−
Vol.1 ロック、この一枚 −インドとの出会い−


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