天竺ロック Vol.4
Vol.4
ロック、この一枚 -ブラス・ロックの輝き-
ブラス・ロック60年代末から70年代にかけてちょっとしたブームを巻き起こしたのがブラス・ロックだ。
売れたということではシカゴだろうが、前半のシカゴ・トランジット・オーソリティ(交通局)というバンド名は本物の交通局からの苦情でシカゴに改名。そりゃ68年の民主党大会での騒乱罪で挙げられたシカゴ・セヴンの影響で付けたのだから文句も来るだろう。初期のアルバムには反戦などのメッセージ性が強く、いわゆる当時ならではのロックっぽい迫力があったが80年以降ラヴ・バラード中心の軟弱バンドになってしまった。だから時折『クエスチョンズ67/68』『長い夜』を聴くくらいでほとんどターン・テーブルに乗らない。
逆に最近よく聴くのがブラッド・スェット&ティアーズ(B.S.T)だ。ファーストがアル・クーパー主導の純粋?ロックだったのが、抜けてから完全にブラス・ロック・バンド。どこかトム・ジョーンズを思わせるクレイトン・トーマスのヴォーカルもあってジャズ色満々。ドラムの巧さと現マンハッタン・ジャズクインテットのルー・ソロフなどの卓越した音色とソロ・ワークで、今も色褪せない。2枚目アルバムの大ヒットはもちろん、サティからストーンズに到る幅広い選曲とアレンジセンスは抜群だ。ただ一人大卒じゃないクレイトンに反発してオリジナル・メンバーが辞めていったというのもおかしいけど。
この時代忘れてはいけないのがチェイスだ。ウッディ・ハーマンのところでバンマスをやっていたビル・チェイス率いる強力ブラス・ロックで『黒い炎』は今でも新鮮。飛行機事故で亡くなったが、生き残りのバンドがサヴァイヴァーとは出来すぎだろう。
ドリームスも愛聴盤である。ビリー・コブハムにブレッカー兄弟、ギターにジョン・アバークロンビーなど有名どころ満載、というか、バンドが売れなかったとは思えない強力布陣である。ガセネタかもしれないがここのベースがドアーズの録音を担当していたという説も。
毛色は違うけどバッキンガムスこそブラス系のはしりかも。シカゴやBSTと同じJ・ガルシアのプロデュースだからかもしれないが、響きは全く違う。ジャズのホーンというよりはブリティッシュ・ポップにブラスを乗せた感じ、といえば判るだろうか。『マーシー・マーシー』というヒットを聴けば一目瞭然。それにしてもシカゴ出身でなんでこんな名前と思わざるをえない。まあファッションも曲調もビートルズ風だけど、それにしても、だ。
こうやってあげてみるとやたらCBS、エピック盤が多い。当時社長のミッチ・ミラーのロック嫌いのせいで、けっして豊富ではなかったはずだが、ブラスは別格だったかのようだ。それともジャズと勘違いしていたのかな。
エピックといえばイギリスのヘヴンもよかった。暗いヘヴィメタに重いブラス群が黒雲のように被さってくる。ヴォーカルが初期のテリー・キャスを思わせる激しさだが、やはりこの味わいはイギリス。イギリスにもホーン・ロックは少なくないが、こういったタイプは珍しい。
他にも、著名度ではジンジャー・ベイカー&エアフォースがいる。ブラインド・フェイス解散後、ジャズ好きが高じて集めたグループ。イギリスのブルース、ジャズ史を反映した豪華メンバーが揃っていた。ファーストから2枚組ライヴだが、全体サウンドよりも個々のプレイに重きを置いたためか、若干、散漫とした雰囲気である。これがまたいまではかえっていい味わいを出している。ちなみにギターのデニー・レインだけど最初はムーディー・ブルースで『ゴーナウ』なんてヒットを出し、エアフォースの後はウィングスという節操の無さ。1枚目だけでバンドを抜けるといえばピンクフロイドのシド・バレットがいるが、かなりイメージは異なる。
イギリスのブラスが気に入ったらグラハム・ボンド・オーガニゼーションなども聴くといい。コロシアムのサックス、ディック・ヘクトール=スミスなどこの時代の方が輝いている。
アメリカでは他にもファンクっぽいテン・ホイール・ドライブなんてのも人気があったなあ。でもスライほど黒っぽくなくて、一歩間違えればR&Bバンドに見間違えそう。
有名なタワー・オブ・パワーもファンキーだったが、彼らにはセッションバンド臭さがあって、ちょっと趣が異なる。アイズ・オブ・マーチの方は黒人というよりクレイトン・トーマス風ヴォーカルで、もっとジャズしていた。
最初に来日したということではカナダのライトハウス。私にとっては70年大阪万博のカナダ・デイを見逃したことが悔しい。ロック追っかけ高校生としては東京までフリーを聴きに行くことも出来なかったのだから、せめてと思うじゃないですか。そんなことはどうでもいいのだが、けっこうブラス・ロックのバンドって多いし、編成上そんなに下手な連中もいない。その分アレンジは大変だし時間もかかる。
ディレクターとして一度ブラスセクションを録ったことがあるが、とにかく息が揃わないので苦労した。譜面はきっちり書き込んであるのだが、人によって音符の長さが違うのだ。これは弦アレンジでも同様で、私も弓使いが書けなくてミュージシャンに叱られたことがある。オーケストラの指揮者もさぞかし大変だろう、とは関係のないことだが、実感する。
この時代はブラス・ロックだったが、その後はフュージョン、クロスオーバーと呼ばれてエネルギーを失ってゆく。とはいえ時代のあだ花では住まない存在感を持っていたことは事実。
星川京児
星川京児(ほしかわ・きょうじ) -プロフィール-
音楽プロデューサー。
1953年香川県生まれ。
民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作、専門誌制作に携わる。
NHKの「世界の民族音楽」のDJはじめテレビ、ラジオ番組の司会やパーソナリティとしても出演多数。
映画『ラストエンペラー』では、音楽を担当した坂本龍一のブレーンとして活躍。
代表作にキングレコード『ワールド・ミュージック・ライブラリー』、『日本の伝統音楽』<レコード大賞企画賞>、『日本の民族音楽』<芸術祭賞>など。
■バックナンバー
|Vol.9 2月26日延命寺でもシヴァラートリー
|Vol.8 あしたのジョーとニューミュージックマガジン、そしてビートポップスの頃~その1~
|Vol.7 ロック、この一枚 -最高の飲み友達、星川さん逝く-
|Vol.6 ロック、この一枚 -プロコルハルムが好きだった-
|Vol.5 ロック、この一枚 -サイケデリックの時代-
|Vol.4 ロック、この一枚 -ブラス・ロックの輝き-
|Vol.3 ロック、この一枚 -現代音楽とロック-
|Vol.2 ロック、この一枚 -混沌のロック-
|Vol.1 ロック、この一枚 -インドとの出会い-