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延命寺 身辺・本土風土記

 

身辺・本土風土記

<身辺・本土風土記Vol.1 <老婆心>>

 

これを書いている12月8日は成道会、お釈迦様がお悟りを開かれたのを記念する日です。
昨日、延命寺では、声明の桜井真樹子さんらとささやかながら成道会を催しました。
ちまたでは、ジョン・レノン没後20周年の日ということで、セントラル・パ ークでも、さいたま新都心のジョン・レノン・ミュージアムでも集会が行われています。仏教風にいうと21回忌の命日ですね。小野家では仏壇に手を合わせてチーンとやっているのでしょうか。
「お父さん、もう二十年たったのね」
これじゃ、「シャボン玉ホリデー」のコントみたいですが。住職、ちょっと古い。
さて、突然ですが?鈴木その子さんが肺炎で亡くなりました。ご冥福をお祈りします。68歳でしたね。私は、鈴木式ダイエットの本を買ったこともないし、テレビのワイド・ショーも見ないので個人的な思い出はないのです。でも、その往生際のことを聞いて、私はある人のことを思いだし、とても人ごとではないという気になりました。
さて、師走です。でも、私は走りません。もう、減速しようと思っています。
子供の病気をきっかけに、去年の今頃そう思いました。
しかし、子供の病気がよくなると、すっかり忘れて、また、走り出してしまいました。こりゃいかん!
「無理しない、頑張らない、競争しない」ということも大事です。
来年巳年で、年男になる私も古くなりました。老眼が入ってきました。ど近眼プラス老眼ですから大変です。目からほんのちょっとの範囲しかピントが合わないのです。メガネを5,6本使い分けるようになるのでは。
子供のテレビゲームじゃないけれど、もうパソコンは一日一時間というかんじですね。そうもいかないのですが。今、目の筋力トレーニングに励み、ドーピングをしています。ブルーベリーとかカロチンとかDHAとか。
夜はもう、パソコンやらないで瞑想しようと思っています。と思っているだけで、現にこれは、夜書いてますが。
昔は、人生五十年といいましたから、いい加減、痛んできて当たり前です。
去る、11月25日に田園調布教会に行きました。姫野翠先生の五年祭です。
姫野先生は『芸能の人類学』(春秋社)の著書がある文化人類学者です。特に、 民族音楽学で活躍されましたが、63歳で亡くなられました。学者的には、まだこれから十二分に活躍を期待できる年でしたのに。呼吸器系の持病があって、肺水腫で亡くなられました。
一緒にインドに行ったとき、喧嘩みたいになったことがあります。先生が体調を崩して熱があるのに、祭礼の取材に行くといってきかないので、私は怒ってしまいました。
亡くなられる年は大学も休みがちでしたが、ちきんと休養しないで、知らん顔して仕事を続けました。
亡くなる一、二ヶ月前にも、学会のため広島出張を強行しましたが、一緒だった人は、ほとんど食事をとられないのに驚いたそうです。
鈴木その子さんも頑固で人のいうことを聞かず、夏のパリコレの頃から体調がすぐれず、ろくに食事をとれなかったそうですね。車椅子で出掛けて最後の出演となった「笑っていいとも」に、いつもの通りの笑顔で出演されたそうですね。 だいぶ、やつれていましたが。
姫野先生と年も痩せ型の体型も気管支系の病気を持つことも同じ、美人で頑固で、体調が悪いのを人に知られるのをいやがって、最後の最後まで仕事をしたのも同じです。全く同じパターンだと思うと、急にその子さんが他人には思えないようになりました。
先生は敬虔なクリスチャンでしたが、実はお父さんの仏壇をお部屋に祀っていることを亡くなってから知りました。毎日、お仏壇に手を合わせていたんですね。
いつも延命寺のイベントにいらしていた先生は、成道会にも見えていたんじゃないかと思います。打ち上げに、久々に作ったインド・カレーの味はいかがでしたか?
インターネットって何かあの世にもつながっているような気がしませんか。

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掲載日 : 2000.12.11
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