天竺ロック Vol.2
Vol.2
ロック、この一枚 -混沌のロック-
60年代後半から70年代のロックが面白かったのは、ありとあらゆるジャンルを取り込んだ一種の混沌、ロックでしか表せないカオスを創り出したことだろう。
レコード会社もロックンロールから、ジャズ。加えてその後、一大ジャンルとなったブルーズ。それもシカゴ系のアーバンにルーツを求めたカントリー・ブルース、これにスワンプやケイジャンまで様々。もちろんトリップを求めたサイケデリックに、アメリカン・カントリーに、ブリティッシュ・トラッド。そして現代音楽と、本当になんでもロックになったし、それぞれがきわめて個性的であった。
もう一つは、後にロックオペラやシアトリカルロックに広がってゆくクラシックという大動脈を掘り起こしたこと。もともとイギリスにはクラシック上がりのロッカーが少なくない。
ピアノで有名なのがディープパープルの故・ジョン・ロード。彼は最後に音大の先生になったそうな。そしてキース・エマーソンだろう。日本公演でも、あの衝撃のハモンド潰しを演っているのでELPばかり有名だが、もともとバッハで受賞経歴もあるという筋金入り。ハモンドやシンセの方が有名だが、個人的には前身バンドのナイスが好きだ。ファーストのデヴィッド・オイリストのトランペットが好きだったし、オーケストラの導入という観点ではディープパープルがロイヤル・アルバート・ホールでコンチェルトを演っている。ただしそれ以後はHervestでジェミニ組曲のようなクラシック路線はロードの作品だけ。
ヴァイオリンではロイヤル・アカデミー(芸大のようなもの)首席卒業のダーリル・ウェイのカーヴド・エアがいる。バンド名もテリー・ライリーお曲から取ったものという筋金入り。何せヴァイオリンでヴィヴァルディをやってるのだから凄い。今聴いても鳥肌ものだ。これ以外にもピンクフロイド『原子心母』、オランダのフォーカスやボストン、カンサスと、アメリカにも多い。一曲だけ探すならいくらでも出てくる。
キンクスで知られるパイ傘下のDOWNレーベルからコーマス。もっともこれはロックというよりアシッド・フォークに分類されるようだ。また精神病患者が演っているという噂のあったくらい気持ち悪さ全開のバンド。今でも引っ張り出して時々聞いては、頭をくらくらさせている。もちろん病気じゃ作れない緻密なサウンド。残念ながらファーストしか出てないようだが、どこかで診たら聴くこと必須のアルバムだ。ジャケットが素晴らしい。
そんななか取り上げたいのはニューヨーク・ロックンロール・アンサンブルである。あのバーンスタインにも気に入られたという不思議なバンド。バッハのブランデンブルグ協奏曲といったきわめて王道ものもあるが、ここではなんと言っても『REFLETIONS』([ATLANTICT]MT-2017)国内盤だろう。
映画『日曜はだめよ』『トプカピ』が突出して有名だが、ギリシアではミキス・テオドラキスと並んで、民族派古典音楽の二大巨匠とも言うべき存在だ。もっとも古典音楽ではテオドラキスに一日の長があり、交響曲七番『春の交響曲』は傑作。映画も負けていない。『その男ゾルバ』『セルピコ』などサントラの名作もあるが、好みとしては『将軍月光に消ゆ』かなあ。軍事政権に捕まり、後に大臣にまでなった大物。さすがギリシア二十世紀最大の作曲家。
とはいえ、ヴァンゲリスやヤニーとはステージが違う。『炎のランナー』のヴァンゲリスも、アフロディテス・チャイルドというロックバンドをポリドールから出している。『雨と涙』なんて懐かしい。中学高時代に買っって、行きつけの飲み屋にボトルキープならぬレコード・キープでそのまま行方不明になってしまった。まあ擦り切れて大変な状態だったので仕様がない。今を時めくロック系の音楽評論家も、この話を聞いて始めたやつもいるとのこと。飲み屋でLPストックって御洒落じゃないか。CDじゃ絵にならないから。
プライベート・レーベルで知られるニューエイジ系のヤニーもサントラを演っている。この人、タージマハルと紫禁城でライヴを演ったことの方が有名だ。どうやらギリシア系アーティストはみんな映画音楽に携わっている。
とはいえテオドラキスとハジダキス、この二人がいたからこそ、たとえハリウッドというフィルターを通したとしてもギリシア音楽が表舞台に出たと言えよう。
そんなマノス・ハジダキスと組んだのがロックバンドのニューヨーク・ロックンロール・アンサンブルの『REFLETIONS』。リーダーのマイケル・ケイメンはジュリアード音楽院出身という異色のミュージシャン。バンドを止めて以後は映画に進出し、『ロビン・フッド』でアカデミー賞を獲っている。他にも『ダイハード』『リーサルウェポン』007と話題作が目白押しだが、残念ながら『X-Men』を最後に亡くなってしまう。ハジダキスのギリシア風の哀愁を帯びたメロディと、彼のオーボエに学院の同僚ドリアン・ラドニスキーのチェロといった楽器が絶妙に絡み合う、プログレでもなければワールドでもないという類をみないものだった。もちろんロックの時代。ベースもドラムもキーボードもマルチに演奏されている。そのサウンドは50年近い歳月を経ても古びない。まさに、この時代だからこそ生まれた混沌のロックといえるもの。この文章は還暦を過ぎた老人の繰り言にしか過ぎないが、こんな凄い盤を聴かないで済ませる手はない。それにしてもなんと美しいメロディか。ゾルバのダンスやギリシアの演歌レベンティカが好きな人でも違和感なく入っていける。ある意味これ自体見事なスタンダードといえよう。
たった一枚しか残さないバンドは数多いが、それ以外の盤が劣っていたわけではない。後にニューヨーク・ロック・アンサンブルと改名して五枚のアルバムを残しているが、やはり最高はこのマノス・ハジダキス作品集だろう。リーダーのマイケル・ケイメンはともかく、バンドとしての評価はこの一枚に集約する。
とにかく騙されたと思って一度聴いてほしい。私もアナログしか持っていないけど、アマゾンなどで捜してもCDが見つからないのは、あまりに異色すぎるからだろうか。
発売されたアルバムを買い換えようと思っていても、けっこう見つからない。当時はそこそこ話題になったはずなのに、今では全く顧みられていない。逆に、某雑誌で点数まで付けられ、ぼろくそに言われていたのに、今では名盤として何度も再発されている盤もあるのだから、この世界は面白い。
ここで扱う盤は、60年から70年代初頭にかけてのLPがほとんどで、大概の人たちには興味もないだろうけど、その背景については、少しだけ語るつもりだ。時間潰しに目を通してくれれば嬉しい。
星川京児
星川京児(ほしかわ・きょうじ) -プロフィール-
音楽プロデューサー。
1953年香川県生まれ。
民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作、専門誌制作に携わる。
NHKの「世界の民族音楽」のDJはじめテレビ、ラジオ番組の司会やパーソナリティとしても出演多数。
映画『ラストエンペラー』では、音楽を担当した坂本龍一のブレーンとして活躍。
代表作にキングレコード『ワールド・ミュージック・ライブラリー』、『日本の伝統音楽』<レコード大賞企画賞>、『日本の民族音楽』<芸術祭賞>など。
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