精霊と女性の国 北タイ

38 儀礼の朝
  南国の朝は早い。日が昇って明るくなってから起き出したのでは、ひたすら暑く、もぬけの殻の村に取り残されることになる。
  町から来るシーロー(乗り合いバス)も、町へ向かうシーローも、まだ暗いうちに村に着く。シーローに乗って毎朝村に来るタラート(市)も、明るくなる頃には野菜や焼き鳥(といっても串に刺さってはいません)などを売り尽くして帰る。太陽がカーッと照りつけ始める頃には、働き盛りの人々は皆朝食をすませて田に出払ってしまい、村には年寄りと小さな子どもたちしか残っていない。シーローも早朝と夕方から夜にかけてしか走らないのだ。

  儀礼のある日はさらに早く、夜明け前の闇の中からトントントントン規則正しく打つ音が聞こえる。村で家を借りて住み始めて間もなく、夢の底からこの音が響いてきて次第に目が覚め、それが現実の音だとわかったときにはなんだか不気味で、寝覚めの悪い思いをしたものだ。それが大家のメー・カイの住む母屋の方角から聞こえてくるとわかって出かけてみると、台所で生肉を包丁でたたいているのだった。特別の日に食べるディップというご馳走を用意しているのだ。
  ディップは豚の生肉を包丁でたたいて細かく挽肉状にしたもので、北タイの人々は大層好んで食べるけれど、このために寄生虫の問題がなかなか解決しないのだという話も聞く。でもこのトントントントンという音が聞こえれば、その日その家で必ず儀礼が行われるとわかってからは、この音はもはや不気味には響かなかった。人々が集まってもてなしの準備をしている活気と緊張を伝えるサインになったのである。

  imageメー・カイの家の居間の中央では、男性が二人、一方の端を束ねた2メートルあまりの白木と竹棒の他方の端を広げて、三角錐の枠を立てていた。一人がジーンズ地の半纏をはおったポナン・ケーオ(ケーオはガラスという意味)。ポナン・ターオと共に村の重要な僧経験者で(ポナンについては17参照)、僧侶を助けて、あるいは単独で家々の儀礼を行い、村のワット(寺院)で行われる共同体的儀礼では進行役を務める。もう一人が山岳地帯で教師をしている次男のパンであった(パンについては22参照)。
  今朝はパンのスープ・チャター「寿命を延ばす」をするのだという。

川野美砂子

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