精霊と女性の国 北タイ
17 ポナン・ターオ |
朝、チャンが通りをやって来て表の入り口を入り、借家と豚小屋の前に現れた。米倉との間を通って裏の方に行こうとする。私の姿を見かけると、ポナン・ターオを呼びに行くのだと言った。
チャンは森に入ってそこでピー・パー(森の精霊、7を参照のこと)の攻撃を受け、カイ・パー(森の熱)にかかってしまったのだそうだ。ピーの力はふつうは両義的なものだが、森のピーは人間に災いしかもたらさない。しかもその攻撃力は強力だから、まだクワン(魂)の柔らかい乳幼児は決して森に連れて行ってはいけないと考えられている。
幹線道路から東の道路に抜ける、一見小道にも見えないこの小道(10参照)沿いには、村でもっとも尊敬され、威信の高かった人物の一人であるポナン・ターオが、妻と二人で住んでいた。彼は10年に及ぶ僧としての修業を2回積み、その間に村長も勤めた。
僧の仏教的力は、還俗して一般社会に戻った後も、特に長い修行を積んで儀礼のテキストが読めるようになった男性には備わっていると考えられている。それは呪術的な力であると同時に社会で活動するうえで高い評価を得るものであり、僧経験者はポ・ナンと呼ばれて、社会の中で重要な役割を果たしている。ポナン・ターオは村における治療儀礼と災厄除去の儀礼をもっぱら受けもち、村人たちはその仏教的力を信頼していた。
ポナン・ターオを連れて戻って来たチャンの後を着いて行くと、チャンは自分の家まで行って、そこでナン・モン(力の水)を作ってもらった。ビンに入った水にポナンが呪文をつぶやきながら、息を吹きかけるのである。
ポナン・ターオはチャンが通って行ったこの道を毎日のように通って村の寺院に行き、彼を必要とする人々の家に行き、ポ・モエの店に買い物に行っていた。私たちは借家の脇を通り過ぎるポナン・ターオの姿を見かけると、いつでもついて行って彼がすることを見、説明してもらったものである。
借家と米倉の間はひっそり奥まったプライべートな空間どころか、村でももっともパブリックなメイン・ストリートの一つだったのだが、何も知らずにここに洗濯ロープを張ろうとした私は(10に既述)、もう少しで村中の人々が頼りにしている仏教的力を破壊するところだった。女性の衣類の下を男性が通ると、女性の不浄性が男性の、特に頭の中にある仏教的力を破壊すると考えられているのだから(8参照)。後から思うと冷や汗ものである、ということは全然なくて、このときのメー・カイのように村の女性たちは、私の文化違反をいつも笑いながら教えてくれたものである。
ただし今では仏教的観念から不浄性として理解されている女性の、特に経血の破壊力は、仏教が導入される以前は不浄という意味を帯びず、男性の力に対する破壊力として積極的に用いられていた。例えば北タイのハリプンジャヤ王国の伝説上の創始者チャマデヴィ女王が、敵のラワ首長ミランガ王を負かすために用いた経血の力の伝説は、タイではあまりにも有名である。チャマデヴィ女王は帽子に密かに自分の経血を付けてミランガ王に贈る。彼はそれをかぶったために男性的力を失い、女王との戦いに敗れてしまうのである。