精霊と女性の国 北タイ
8 男性優位のイデオロギー |
確かに北タイの母系的な親族構造では女性たちが優位な位置を占めるけれども、これは女性たちに権威があることも、また権力へのアクセスがあることも意味してはいない。母系制は母権制ではなく、北タイ社会は母系制で父権制なのである。これはあらゆる母系制社会について──現在地球上に存在する社会だけでなく、かつて存在した社会についても──言えることであるけれども。
タイには強力な男性優位のイデオロギーがあって、これについては北タイも同じである。その大きな源泉となっているのはテーラヴァーダ仏教である。テーラヴァーダ仏教はスリランカと東南アジア大陸部のタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアで支配的な宗教で、タイ人にとってもまた、自己と他者、そして人間を認識する上で根本的な意味と価値を提供している。そのテーラヴァーダ仏教の教義と実践の中で、男性は価値と力を与えられるが、女性はそうしたものを与えられる機会はなく、制度的にそこから排除されているのである。
仏教では女性は生来現世的な執着が強く、解脱が不可能だと考えられているので、解脱を本来の目標とする僧になる道は閉ざされている。僧になる儀礼である得度式は最大の功徳を得る機会なのだが、女性にはそれが許されないのである。つまり女性は生来男性より劣った存在である上に、またそのために、最大の功徳を得る機会を拒絶されているということになる。
功徳はテーラヴァーダ仏教では個人のものとして蓄積され、それぞれが蓄積したその総量こそが個人にとっての本質的価値であるとされる。得度で得られる大量の功徳は、自分自身の本質的価値を高めるために、そして現世的幸福とともに来世の幸福を得るために、特に人々の望むものなのである。
このように仏教という宗教的領域では、女性たちは男性と比較して精神的価値が劣り、二級または劣った存在とされる。もっともこのことについては仏教だけではなく、いわゆる大伝統の宗教には多かれ少なかれそういう面があると言われる。これに基づいて、あるいはこれと並行してタイでは官界、仏教界は男性に支配され、さらに女性は教育の機会を享受するのが遅れた。公的な権威は男性に独占され、高級官吏や専門職に就いているタイ男性はタイ女性の10倍とも言われるのである。
仏教では女性は現世的な執着が強いために解脱が不可能であるばかりでなく、男性の修業を積極的に妨害するものとして現れることは周知の通りである。さらにタイでは女性の帯びる不浄性が、男性が修行によって獲得した仏教的力を破壊する力をもつと考えられている。仏教的力は男性の特にその頭の中にあると考えられているので、例えば女性の衣類を干してある下を男性が通ることは厳禁とされるのである。