精霊と女性の国 北タイ
18 北タイの「家族」 |
チャンは39歳の女性で、メー・カイの3番目の子どもで長女。メー・カイの家から東の道路沿いに南に10分ほど歩いた村の端に、末の妹のノーンヤーオと道を挟んで斜向かいに住んでいた。実はメー・カイの家に今住んでいるサーンワーンの母親だったのだが、かなりの間、そうとはまったく気づかなかった。
私たちの家の前にテーブルと椅子を出して、メー・カイの家族についてサーンワーンに尋ねていたとき、いつの間にか集まった人々の間にチャンもいて、よく話してくれるのだが、チャンが話し出すととたんに何がなんだかわからなくなる。それでチャンの話には取り合わず、もっぱらサーンワーンに尋ねて家系図を作ったのだ。
サーンワーンは尋ねられたことに正確に答えて、「それで?」と知性的な瞳で次の問いを待っている。チャンを「一体どこの人だろう」と思っていた私は、メー・カイの娘でサーンワーンの母だと聞いてびっくりしてしまった。確かに隣同士に座っていたけれど、母と娘らしいところはどこにも見られなかったのだ。
チャンには20歳のサーンワーンを含めて3人の娘がいたが、娘たちの父親は別れてチェンマイに住んでいた。サーンワーンは今母親の夫として一緒に住んでいる男がいやで、祖母のメー・カイの家にいるのだということだった。けれど日本でなら深刻になるだろうこの話も、タイのこの村では、あってはならない問題という感じには受け止められていなかった。その理由の一つに、タイの家族が流動的で、構成メンバーがよく変わることがある。
「家族」と私たちが言った場合、私たちは一つの家屋に住み、かなり固定的なメンバーシップをもち、排他的で境界のはっきりした、婚姻と血縁の絆により結ばれた集団を想定しがちだが、北タイにはそのような家族というものは存在しないと言っていいだろう。
「家族」という言葉は人々が日常的に使う語彙にはなく、私たちが「家族」という言葉を使うのと同じくらいの頻度で用いられたのは「ヤート(親戚)」という言葉であった。一つの家屋に住む人々の集団を、私たちはともすれば他の人々からは明瞭に区別される「家族」なのだと思いがちなのだが、北タイにおいてはその顔ぶれは短期間にしばしば変わり、また互いの関係も必ずしも私たちが考えるような「近い」血縁あるいは夫婦ではない。ここで「あなた方の関係は?」と問えば「ヤートだ」という答えが返ってくるばかりである。したがって住居を別にする他の血縁者たちとの間にも、それほど明瞭な境界は引けないのである。