精霊と女性の国 北タイ

36 「魂の単一体」としての家族
 イギリスでは1870年および1883年に既婚女性財産法が成立した。これは、結婚した女性が妻という付属的身分から経済的自立性を獲得する方向への動きであったということができる。アメリカではヨーロッパより早く、19世紀半ば以前に財産法の成立が始まっていた(『女性を捏造した男たち』)。
 しかし同時に19世紀ヨーロッパは、ブラム・ダイクストラの言葉を借りれば、「妻を陥れて永遠に貞淑のままにしておこうとする方向に向かって並外れて大きな一歩を踏み出してもいた」。イギリス社会はこの時期、本格的に変化し、「相対的に対等な連れ合いとしての―そして、ある場合には、経済活動の競争者としての―女性という文化的概念が色褪せていった」のである(『倒錯の偶像』)。

 ダイクストラによれば、イギリスにおいてもそれより1世紀あまり前には、事態は異なっていた。「17世紀後期ロンドンの騒々しい宮廷中心の文化は・・・19世紀後半の中産階級の間ではとても容認されなかったほど、複雑で変化に富んだ広がりのある男女関係を反映していた」のである。

 ところが経済の発展が加速し、実業家が信用を必要とする市場取引に没頭するようになるにつれて、自らの財政的信用度の高さをはっきり目に見える形にしておく必要が生じてきた。
 以前なら飾らない衣装を身につけ、家業の経営を手伝っただろう妻たちは、今では最新流行の服で着飾るようになった。妻が楽しむ「これみよがしの余暇」(ヴェブレン『有閑階級の理論』)が大きいほど、夫が信用を確保する可能性は大きくなるというわけだった。「このような実業家の多くにとって、自分の妻の貞淑はますます望ましい商品となった」のである。

 そしてまた野心的な中産階級の男性は、ほぼ日常的に自らの魂を危険にさらすことになったため、「家族はいわば「魂の単一体」であるという考え方が、急速に力を得ることになった」。
 妻は、罪によって傷つけられることもなく、労働によって汚されることもない場所である家庭にとどまり、その純潔と献身によって、いわば戦いで傷ついた夫の魂を再生させ、それによって夫の私人としての美徳を、商業の世界に本来的な道徳的陥穽から守ることになるだろうというのである。

 この「魂の単一体」という考え方が、現在も欧米の夫婦や家族の観念の根幹にあることは、首相や大統領以下、選挙戦になると選挙民の前で妻と抱き合い、キスするシーンを演出して、睦まじい夫婦関係を強調することが当然のように繰り返されることにも表れている。

川野美砂子

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