精霊と女性の国 北タイ
21 災厄の共同体としての家族 |
タイでは家族は「幸福の共同体」である(20参照)のと同じ意味で、また「災厄の共同体」でもある。つまり家族は幸福をもたらすブン(功徳)を共有し、移譲しあう社会的回路であるのと同じように、災厄をもたらす身体物質「コ」が容易に伝染する、いわば一つの身体である。
「コ」はヒンドゥー起源の占星術の用語で、サンスクリット語の「グラハ」という言葉が北タイ語になったものである。コは「災難」と翻訳され、占星術で人間の不幸の原因とされる天体を意味している。
この「天体」とは、宇宙の中心にあるシュメル山の周りを回る月の軌道上で日を印している27のラクサー「宿」であるが、その中でもナーヴァグラハすなわち9体の天の神々を指している。それは太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星、ラフ、そしてケトゥである。
ラフとケトゥは月の軌道と黄道の交点に当たり、そのうちでもラフは主神格で、同時にまたもっとも危険であるとされる。
北タイの村では占星術によって占ったり運勢図を読むことはできないので、前兆による場合を除いては、天体の神々による攻撃をあらかじめ予言することはできない。天体の神々による攻撃は北タイの人々にとっては純粋に予期せぬできごとであり、「災難を追い払う」(ソン・コ)ための儀礼によってのみ無効にできるのである。
「ソン・コ」の「ソン」は「送る」とか「(人に何かを持たせて)去らせる」、「追い払う」というような意味の言葉である。「ソン・コ」という言葉は、「コ」すなわち望ましくない力を排除することと、こうした力に供物を送ることの両方を同時に意味している。
人々は家族の誰かが病気になったり、災難に遭ったときに、ポ・ナン(僧経験者)を家に招いてソン・コ儀礼を行う。儀礼前にバナナの茎で正方形の平たい菓子折りのような形の容器を作り、これに塩や唐辛子など様々のこまごました物を入れて、サトゥワンを用意する。儀礼では当事者の服をサトゥワンの上ではらって「コ」を落とし、また家族全員の頭の上でサトゥワンを回して、これを家の敷地外に捨てるのである。
「グラハ」という言葉は災難や不幸一般を意味すると同時に9体の天体の神々を指すのであるが、それはまた天体の及ぼす悪い影響を意味している。そしてこの天体の影響は、被害者の体の中にあって身体接触を通して伝染するような有害な物質として理解されているのである。ソン・コ儀礼ではこのコを「払い落とす」(ペート)呪文が唱えられる。
ソン・コ儀礼は不幸に見舞われた個人だけではなく、その家族全体を対象として行われる。なぜなら災厄をもたらす身体物質「コ」は、家族全体に共有されると理解されているからである。その意味で災厄は個人のものではなく、家族のものである。