<レヴュー・Part.3>

インド舞踊の当たり年?

 この六月は東京でバラタナーティヤムの公演だけで六つあるそうです。すでに、五月には、マーラヴィカー・サルカイさんが来日してますし、魅由来さんが、オリッシーダンスの先生、チトラ・シャンカルさんを招いて公演を行ってます。今年は、インドから先生を呼ぶのが流行ってます。新人のデヴューも多い年です。
 今、おそらく首都圏にはインド舞踊の先生が二十人近くいて、生徒が四百人位いると思います。それぞれ独自のファンを獲得して、着実に活動しています。
 元生徒を入れるとインド舞踊人口千人。インド舞踊を頻繁に見に行く人を加えると、おそらくインド舞踊ファン二千人というマーケットを首都圏で形成しているのではないでしょうか。近畿圏はその半分位の数字でしょう。皆さん頑張ってます。
 二十年位前と比べると十倍近い成長を遂げています。でも、一度に集客できるのは五百人程度でしょう。それ以上呼ぼうと思ったら、インド祭のような大きな仕掛けが必要になりますが、二千人の大劇場で見るのもちょっとね。

卒業旅行で日本公演

川原田文香さん六月十九日、北区の北とぴあで川原田文香さんが鮮やかにデヴューしました。本場マドラスのカラークシェートラを首席で卒業されたそうです。本人にお目にかかるのは初めてでしたが、ご縁があります。
 彼女が最初に留学したタゴール大学には、同時期に大正大学のカバディ部から神津君が留学してました。たまたま彼も熊谷出身です。母上の川原田文枝さんは立派な御著書もあるヨーガの先生で、熊谷で教室を持っています。
 今回はご家族や友人たちのバックアップがあって立派なデヴューを飾りました。帯同した音楽家たちは、学校の同級生で、最初はテープで踊ろうといっていたのを見るに見かねて、ギャラなんかいらないから手伝ってやるというわけで来日しました。いわば卒業旅行です。
シャリー・ヴィジャヤーンさん 先生のシャリー・ヴィジャヤーンさんもまだ若いですが、素晴らしい踊り手です。やはり、腰回りにがっしりとした安定感があって、立ち姿が見事です。来日では、素晴らしいコックの腕も披露しました。彼女も音楽家たちもみんなケーララ州の出身なので、ボーナス・トラックじゃないですけど、ケーララの優雅な古典舞踊モーヒニーアーッタムも披露してくださいました。
 電脳写仏でおなじみの上野玄春師が舞台監督を務めるなど、新人のデヴューをみんなで盛り上げました。ちなみに、私もカメラマンでお手伝いしました。

佐保田ヨーガとインド舞踊

 写真を整理していて思い出しましたが、私は学生時代、佐保田鶴二先生にヨーガを習っていました。佐保田先生は様々な健康法を遍歴して、六十を過ぎてからヨーガに出会い、初めて健康になったそうです。
 佐保田先生はクリヤンさんというケーララ出身の先生にヨーガを習いました。クリヤンというのはクリスチャンという意味だそうです。私はインドでクリヤンという名前に出会ったことはないのですが、ニックネームでしょうか。
 もう、二十年以上前に先生の京都の道場にカタカリ役者の一行を連れて行ったことがありますが、クリヤンさんはカタカリ役者だったそうです。カラーマンダラムのような学校ではなくて、日本でいえば落語家のように先生の家(グルクラム)に住み込んで習ったんだと思いますが。
 カタカリ役者といっても、当時、それだけで生活できたかどうかは分かりません。おそらく、クリヤンさんの習った独自のシステムだと思いますが、佐保田ヨーガには足の体操があります。また、目の体操もあります。これらはインド舞踊の訓練をヨーガに取り入れたのでしょう。つま先の向きを変えることによって骨盤の調整をしたんですね。
 日本人なんかはここから始めないと、基本的にガニ股のインド舞踊ができません。繰り返すようですが、外人、インド人のように足が外向きに付いていないと、サッカーやカバディのように横にステップするスポーツには適正がありません。
 さて、本題に戻りましょう。

桃栗三年柿八年

 文香さんは日本では第三世代というのか第四世代というのか、珍しいケースです。インド舞踊やバリ舞踊を習い出すのは、ふつう、早くて大学時代。一度就職してからやめて留学し、第二の青春を舞踊に捧げたりするケースが多いですが、彼女は高校一年の時から亜土夢・マ・プラチッタこと上野直子さんに習ってます。若くしてこの道八年です。
 インド舞踊の稽古は武術の修行のように厳しいです。桃栗三年柿八年といいますが、インド舞踊の身体を作る基礎鍛錬だけで三年かかります。それでようやく、その他大勢で舞台に立てるかなという感じですから、よほど、根性がないと続かないですね。
 舞台は若々しく颯爽として伸びやかだったのがよかったと思います。童女のような怖い物知らずで、その場その場を全力疾走しました。四十分にもわたるヴァルナムを踊りきったのは見事でした。これも、生の伴奏があればこそですが。
 ふつう、日本人が踊ると「頑張った偉い!」と声を掛けたくなってしまいます。どういう意味かというと、難しいことをやり遂げるのに努力した跡が見えてしまうからです。ところが文香さんは若いときからやっているせいか、インド舞踊のノリが自然に身に付いています。日常生活の仕草も笑っちゃうくらいインド人そのものです。
 あと何年かして日本に定着するようになると、日本文化とインド舞踊の狭間で悩むことになるでしょうが、とりあえずは小さくまとめないで、大きくのびのびと続けてほしいと思います。

続々来日!インド舞踊ブーム炸裂か?

インド舞踊 新世代の胎動はまだまだ続きます。去年、インド万華鏡と題してオリッシーとバラタナーティヤムの競演という企画でデヴューした安延佳珠子さんと舟橋美香さんは、今年は六月二十三日に熊本の県立劇場で競演します。東京で舟橋さんが七月二十五日に学芸大学駅西口の千本桜ホールで、ソロ・デヴューします。
 奥川康子と中村紅美さんも先生のミーナさんを七、八月に招いて、ワークショップ(七月下旬)やリサイタル(八月十三日)を開催します。小池裕美さんも先生のマタ・プラサード・ミシュラさんを、去年に続いて秋に招聘します。カタックだけではなくてタブラーも名人です。
 七月十九日も国際交流基金と日印協会の共催でチトラ・ヴィスウェスワランさんのリサイタルがあります。前橋のインド料理店マハトマ・ニューデリーでも、毎年、インド舞踊を呼ぼうかという動きがあります。
 恒例のナマステ・インディアは、今年は十月一日に築地本願寺で行われます。インドからバラタナーティヤムのダンサーなどを招きます。
 来年は野火杏子さんが先生のウマー・ラーオさんを招聘するそうです。野火さんは、時ならぬ?マサラ・ムービー・ブームで大忙しですが、これからインド舞踊ブームが炸裂するのでしょうか?
 また、オリッシー・ダンスとも関係の深いチョウ・ダンスの研究家、バラタナーティヤムの舞踊家でもあるブラクリティさんが、七月三十一日から八月六日の間に舞踊学会があるため来日します。その前後にワークショップ、あるいはレクチャー・デモンストレーションなどを自分の教室で組んでくださる方がいらしたらご連絡下さい。ryosen@enmeiji.com までメールお願いします。
 インドから呼んで、日本に滞在して移動するのは経費もかかるし、文化の違いから気苦労も絶えないのですが、皆さん、ファイトを燃やして日印文化交流のために頑張りましょう。

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