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延命寺 寺とパソコン~番外編~

 

title 寺とパソコン~番外編~

(1) やはり「もっと漢字を」

 

本誌16号では「とりあえずユニコードでもいいではないか」という論考が多かったようだが「言語フリーク」(言語学フリークではない)の一人としては感想を述べずにおれない。
『般若心経』と「SMAP」と
天台宗典編纂所では『天台電子仏典』というCD-ROMを出した。第一巻には「法華三部経」などが収録されている。仏典のCD-ROMはいくつか出されているが、この良い点は漢字データだけに留めたこと。漢字データだからウィンドウズでもマックでも利用できる。ウィンドウズで「秀丸エディタ」を使って検索する方法の解説もある(利用登録 の仕方も説明がある)が、たぶん文字列が検索できるソフトなら何でも利用できるだろう。さあ手始めに「般若心経」を見てみよう。アレレ、出ない字がある。でもこれは天台宗が悪いのではない。普通ワープロではJIS第一水準・第二水準の6000字強しか使えない。それ以外の字を使っているソフトは相手がそのソフトを持っていないかぎり相手には利用できない。どんなパソコンでも利用できるデータの提供に留めた天台宗の選択のほうが正しいのである。しかし「ケイゲ」の「ケイ」はやむを得ないとしても「ボダイサッタ」の「タ」の字は欲しい。なぜ仏教語は無視されたのか。  
せめて『般若心経』くらいは「現在、日常的に」使いたい、というのは私の職業(寺院 住職)上の要請に過ぎないから無視するとしても、「草で始まるあるタレントの姓」は「現在、日常的に」使う漢字ではないと決めつけるわけにはいかない(地名の「クサナギ」 は「草薙」である。念のため)。私は「アクサン」・「セディーユ」・「エスツェット」が日本で「現在、日常的に」使われていないから、パソコンには要らないという立場には立たない(そんな立場の人は少ないだろうが)。
そして、読めない漢字をたやすく捜し出す工具書が既に発行されている。  
とにかく字が引ける『「漢ぺき君」方式でらくらく検索漢字コードブック』
補助漢字もユニコードも引ける手頃な辞書は『「漢ぺき君」方式でらくらく検索漢字コードブック』(日本経済新聞社)がある。これはある意味では先生泣かせの辞書だ。というのは検索方法が独特な点である。音訓でも部首でもなく漢字の部品の頭文字の組合せで引く。例えば「弼」の字は「ゆ・み」、「ヒ・ャク」、「ゆ・み」だから「ゆ・ひ・ゆ」で引くと「区点」「シフトJIS」「ユニコード」の番号が分かる。読めない字はたやすく引けるが、音訓索引は網羅的でないので読める字はかえって引きにくい。補助漢字の表 示はないが「シフトJIS」番号がないのが補助漢字である。パソコンソフトとしてもマック版・ウィンドウズ版共にある(サンルイ・ワードバンク)。
南アジアと合成ローマ字
さて、仏教と少し関連があるもう一つの話題に移る。南アジア系の文字を表記するときは特定の母音記号(中国語の韻母か)は子音記号をはさんで前後に加える。「重」が「KA」なら「仂」ではさんで「働」は「KE」という具合である。母音「E」だけを表す文字は別にある。子音だけを表記するときは別の記号をつける。「KA」が一文字で「K」 が二文字(正確には二成分)で表記する事になる。子音が連続する場合の字形もあるからややこしい。(これはかなり不正確な例えだからいくつかは『世界の言語ガイドブック2 アジア・アフリカ地域』(1998,三省堂)で見て欲しい(注1)。既にタミル語・ タイ語はISO 10646-1に入っているようだから、同じ表記方式のビルマ・クメ ール・シンハリの各文字も組み入れるのは簡単であろう(注2)。  
アクサンと二声と
東南アジアのある国では英語と中国語とタミル語が「現在日常的に」使われている(注 3)から、(日本語を混在させないかぎり)それぞれがバッティングしないユニコードで構わないだろう。しかし、フランスにいる中国人は声調付きPinYin表記の文章を書くときに二声はアクサン記号、四声はアクサングラーブを使い、一声と三声は「ラテン文字拡張」を使うほうが便利だろうか、それとも一声から四声までPinYinフォントを 使って入力するほうが便利だろうか(注4)。  
「R’s」&「L’s」
タミル語の文字の実例は『パソコン外国語製品ガイド’95』P.37や『マルチリン ガルWEBガイド』を見てもらえば良い。しかし、研究するために合成ローマ字を使って翻字するときに困ったことが起きる(注5)。「r」と「l」がいくつもいるのである。 流音の「エル」の他に、舌先を口蓋につける「エル」と舌先を凹にして口蓋につける「エル」と書き分けなければならない。サンスクリットなど他のインドの言語と比較する場合には、「母音のアール」・「母音のエル」もあるから始末が悪い。書き分けなければ(文字番号が異なっていなければ)検索も置換もできない。
「魚鳥変換」
実はこれは方法がある。その言語やその論文では登場しない文字(または記号)で代置しておき、印刷するときだけ必要な文字が打ち出せるようにすれば、特殊な文字の検索・ 置換・印刷は行える(注6)。特定の場合には大文字小文字の区別ができなくなるOS(注7)を使っていなければ大文字と小文字で別の文字を代置する方法もある(パーリ語のローマ字での入力法にこの例がある(注8)。
「ホネ」は右か左か
さて、ユニコードのユニフィケーションの有名な例として「ホネ」の漢字が当用漢字と中国簡体字では字体が異なるという例が挙げられている(注9)。中尾氏達の「Latin1HtmlEditor」は将来どちらの字体を使うことになるのだろうか。
「言葉の数だけのユニコード」
実はこの難癖も意味がない。中国ではユニコードの内中国では不要な日本の国字に当たる箇所では別の中国漢字が打ち出せるようにする動きがある(注10)。中国語フォント を使うかぎり中国語に関しては問題は出ない。日本漢字と中国漢字の混在する文章を書くときは日本語フォントと中国語フォントを切り替えれば良いのだろう。あれれ、フォント 切り替えか(注11)。「言葉の数だけのウィンドウズ」という悪い冗談がある(英語版ウィンドウズで動作するソフトは日本版ウィンドウズで動作する補償はない)が(注12 )、「言葉の数だけのユニコード」という将来像が見えてくる。なんのことはない。やっぱりエスケープシーケンスコードを使うほうが良かったのである。
文様はフォント?
実は多数の漢字を使うのは案外簡単かも知れない。私には図にしか見えないのだが『デジタル・・文様事典』(1997,河出書房新社)にあるのは皆フォントを利用したもの だという。フォントを作って番号を振れば、番号のあるかぎりの漢字が使えるのかも知れない。一つのOSでしか利用できないというものではなさそうだ(注13)。図として利用するものは、音声読み上げソフトにはかからない(注14)。
「とりあえずユニコードでいい」のなら「とりあえず補助漢字」でいけないか。
「ユニコードでできるようになった」と思われることは、ユニコードがなくてもできたことだったのである。『般若心経』も「草で始まるあるタレントの名字」も必要でないな らば今のマックで何も構わないし、台湾の漢字も使いたければ「Chinese Lan guage Kit」を組みこむだけの話である(注15)。一方日本語に「セディーュ」や「エスツェット」の混在する文章が書きたければ補助漢字の使えるOSを使えば書けるのである。JIS補助漢字のわかる工具書も前記の『漢ぺき君・・』の他に『早引きワ ープロ漢字辞典』(旺文社)、『ワープロ・パソコン最新漢字辞典』(小学館)、『五十音引き漢和辞典』(講談社)がある(注16)。
そして別の意味では「ユニコードの文字数は多すぎる(注17)」というのは確かである。日中韓のそれぞれ7000字の常用字を組み入れる(注18)のは一案ではあるが各人で必要な文字は異なる。私にはナバホ語(注19)はおそらく不要であるし、多くの日本人には「デーバナーガリー」文字は不要であろう。しかしどの言語が国際的に必要かなどという議論は失礼な話である。そして、日中韓の常用する人名地名は予測は付かない( 注20)。この意味でSMAPや中国の改革開放政策の功績は大きい(!?)。中西秀彦氏はアラビア文字でもユニコードの中に納まるだろうかと疑問を呈している(注21)。
必要なときに必要な数のフォントが切り替え混在できるシステムが利用できればよいのである。マックOS8.5では「OSインストール時にローマ字/日本語/中国語/韓国 語/アラビア語ーの基本書体をインストールするオプションを用意する(注22)という。「World ScriptII」は吸収する(注23)と言うが日中韓の混在ができ るかどうかは分からない。 ただし、文字番号の数だけの文字しか書き分けられないし、読み上げもできないという事実は変わらない。読み上げさせないということは視覚障害者は古典や郷土史の研究をするなと言うに等しい。読み上げさせないことによって検索システムに引っかからないようにするという利用法(注24)もありうるが。

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番外編目次 |(2) ローマ字に振り仮名はつけられるか