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1 ランパーン4月
タイの4月、水かけ祭りの季節は、1年のうちでもっとも暑く乾いた季節だ。バスに乗っていると、道路沿いにバケツを持って待ち構えている子どもたちが、バスに向かって歓声とともに水を投げる。水は開いている戸や窓を見事に直撃するので、バスの中は水浸しだ。乗っている私たちもずぶ濡れになるが、それもしばらくすると乾いてしまうので、水をかけられるのを避けようという気にもならない。1990年4月初旬、私たちはタイのドンムアン空港に降り立ち、バンコクからチェンマイへ、チェンマイからランパーンへと向かった。
ランパーンはチェンマイと同じ北タイの古い都だが、チェンマイとは違ってロバの引く馬車が唯一の観光名物、それで市内を一巡すれば、観光客にとってはもう見るべきものはないのかもしれない静かな街だった。 それでもこの街でアパートを借りて暮らし始め、日用品の買い物をするようになると、野菜や果物、惣菜やお菓子が山盛りに積まれた市場や屋台の並ぶ広場に、北タイの都市の豊かさと活気を見る思いがしたものだ。中国系の人々の営む薬屋が並び、朝、出勤前に朝食をとる人々で賑やかな店々の中国粥がおいしかったことも思い出される。私たちはこの街でマイクロバスを借り、北に向かった。
これから1年間住む村を探すためである。
都市のホテルやアパートを移り住んできた私たちの前に、伝統的な高床式の家々がヤシやマンゴーの木々とともに現れ始めた。空家があって、それを貸してくれるという村があればいいのだったが、ちょうどいい空家のある村はなかなか見つからなかった。そしてやっと見つけたのが、40キロほど行った所にある戸数177件の村だった。私にとっては文化人類学の研究者として初めてのフィールドワークの始まりだった。
川野美砂子 ‖精霊と女性の国
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