インディカ舞

インド舞踊のブルース

最近、困ったことにインド舞踊家になりたい人が増えている。ワタシもインド哲学を専攻するとき助教授にいわれたものだ。就職先はありませんよと。
ナンギヤール・クートゥ
入野智江
バラタナーティヤム
舟橋美香
2年前は、インド舞踊家が増えていることを喜ぶようなニュアンスで書いたような気がしたけれど、ここまでインド舞踊不況が進行するとそうもいっていられなくなる。12月8日には東京でインド舞踊のリサイタルが4つもあった。ワタシはインド舞踊疲れがしてハリー・ポッターを見に行ってしまった。
また、年末と年始という普通はリサイタルをやらない時期にも行われたが、厳しい集客だった。もっとも、日頃の修練の発表で、神様に捧げて見てもらっていると思えば、踊り手自身に満足感はあるのだろうが、こんなに素晴らしいのに、こんなに頑張っているのに何でお客さん来てくれないのとこっちが悲しくなる。もっとも、「頑張っている」のが見えてしまうのはプロとしてイマイチなんだけれど。
いつも見に来ているようなインド・マニアは、すでにインドに飛んで毎晩のように音楽舞踊会を楽しみ、あるいは昼間はインド舞踊のレッスンを受けているのかもしれない。
おそらく今現在、マドラスには30人以上の「日本人インド舞踊家」がうろうろしていると思う。その発表会を見て、あ、ワタシも踊りたいと思って次の年にはマドラスに来ている。その子が発表会をして生徒を持つようになるとまた、「生徒」がインドに留学して「先生」になって帰ってくる。客の数は何年経っても大して変わらない。若年人口はむしろ半減している。
2、30年前なら東京地方に片手くらいしかインド舞踊を踊れる人がいなかったのに、今、ピンで踊れる人が関東近県に50人近くいるだろう。踊りたい人は増えるばかりで、見たいという人が増えない。プロレスラーも昔は50人くらいだったのが、今では500人いる。それでプロレスは栄えたのだろうか。
踊り手で突出した人はいないが、総じてレベルは悪くない。インドの舞踊学校で一番熱心に練習するのが、日本人とマラヤーリ(ケーララ州出身の人)といわれている。インドも都会出身の子は華やかな生活を目指していて、ちょっと目立って金持ちと結婚してということを夢見ているそうだ。もっともそれは、インドのデーヴァダーシーが金持ちをパトロンとしていたという伝統にも近いが。

インドという新しい国の新しい舞踊
オリッシー
ミーナ
デーヴァダーシーというのはもともとは王侯貴族の娘を寺院にお布施していた習慣で、決してお安くない。
自分の一番大切なものを神様に捧げて最高の善行功徳を積む。王様が奥さんをお布施することもあった。さすがにそれではマズイだろうということで、すぐに「買い戻す」ことが出来たのだが、その金額はお布施した方が決めるということが律の文献に書かれている。ちなみにそこのあなた、配偶者がいくらで買い戻してくれるかな。
さて、デーヴァダーシーは神様と結婚しているという聖性を持つ一方、売春をしていたということで、イギリス統治時代はこれを廃止しろと目の敵にされた。
そこをインドの音楽舞踊などの伝承者ということで光を当ててインド舞踊の復興運動が起こり、地方地方の伝承を総合して1930年頃にバラタナーティヤム(その時点では一ジャンルの名称ではなくて、インド舞踊という意味の普通名詞だと思った方がよい。おそらくインドという国家概念自体が庶民には理解しがたく、藩王国ごとで生活していたと思われる)が成立した。現今のバラタナーティヤムとはずいぶん違ったものだと思うが。
実際に見たことはないのだが、おそらくデーヴァダーシーの舞いは、今でいうプロの舞踊家のものではなくて、小唄も仕舞いも、詩歌もお習字も香道も嗜みますよといった程度の素人芸だったと思う。もちろん、中に名人がいたことは間違いないが。
アメリカのフォーク・リヴァイヴァルで戦前のブルース・シンガーが「再発見」されたが、彼らとて技量は素晴らしくても本職 は農業だ。あるいは乞食というか門付け芸人である。高橋竹山のようなものだ 。ブルースマンという「職業」が成立しうるのは1960年代か。
バラタナーティヤム
里見まこ
竹山が労音で 津軽三味線 のコンサート をやるようにな ったのもフォーク・リヴァイヴァルの日本版だろう。
ブルースというのは本質的に連歌のような口承文芸でパーソナルなものだと思うが、インド舞踊だって師から弟子へと狭い世界で伝承されていたものであり、通インド的な普遍性はない。むしろそれは、「発見」していくべきものであって、『ナーティヤ・シャーストラ』がその拠り所となった。インド舞踊神話をみんなで作り上げた。デーヴァダーシーが「バラタナーティヤム」を踊っていたという幻想を作って、それを疑う人がほとんどいないのだから、完全犯罪である。

技の重み
バラタナーティヤム
山元彩子
カラークシェートラの創立者にして近代インド舞踊の母であるルクミニー・デーヴィーはインド舞踊を西洋的な感覚で体系的に組み直し理論づけた。バラタナーティヤムというのはワタシの理解によると、決してデーヴァダーシーの舞いそのものではなくて、宮廷付の楽師(男)の踊りにカタカリ舞踊劇(これも男性のみ)などの要素を取り入れて再創造した伝統である。宮廷楽師はデーヴァダーシーの子であることが多いから、無関係ではないが、男踊りと女の舞いは型が違ったと思う。
従って、女が踊るものとしては身体的にかなりきつい。しかし、オリンピックを見ても女子選手が昔は男性しかやらなかった種目をこなすようになっている。体操競技などでも、昔、ウルトラCといってびっくりしたものが中学生でも当たり前のアイテムになっている。
バラタナーティヤムも若い子の踊りは俊敏で同じカラークシェートラ出身であっても、五十才前後のベテランの踊りとかなり違う。先秋、リーラー・サムソンのバラタナーティヤムを初めて見て驚いたが、一つ一つの形がピシッと決まって寸分の狂いもない。
これはいやになるほど基本技の繰り返しをして初めて可能になることだ。その積み重ねがないとウワッという力を発揮できない。また、立ち姿が非常に美しいことにも感銘した。他の若い踊り子と並ぶと一目瞭然であった。
今の子は「技」とか新しい型を覚えたいのかもしれないけれど、つまらない基礎鍛錬が一番大切なことを教えてくれる。技なんて少なくていいのだ。おそらくデーヴァダーシーの舞いも、下手な人が踊ると型としては退屈きわまりないものだったろうが、名人となるとそろそろと歩き、顔を傾げ手を振り上げるだけでウーンとうなるようなものがあったに違いない。
ライトニン・ホプキンスやジョン・リー・フッカーのような古いブルースマンのうなり声一つで我々がノックアウトされてしまうのと同じだ。技術的にはエリック・クラプトンとかスティーヴィー・レイ・ヴォーンのギターの方が多彩で構成力に富んでいて勝れているように感じるかもしれない。
そのお手本になっているB.B.キングやアルバート・キング、フレディ・キングらのギターは単調で、またあれかというフレーズばっかり出てくるが、その一つ一つが必殺技で、圧倒的な迫力を持っている。ま、例えば力道山の時代にはルー・テーズのバック・ドロップが必殺技で、これで試合を終わらせることが出来た。今じゃ、何連発やってもフォールできない。技も軽くなっている。人間の迫力、凄みがなくなってきている。
クチプリ
渡辺桂子

去年の日本公演をテレビで見てクラプトンは素晴らしいと思った。年寄りの自慢だけれど、クリームのデビューから30年以上聴いている。ドラッグ中毒やら子供の死を乗り越え、枯れてきてようやく本物のブルースになったと思った。もう、こうなると黒人も白人もなくてクラプトンのブルースに感動する。
バラタナーティヤムも、土の香りのする踊りのホコリをはたいて西洋的に作りかえたものだから、日本人でも十分適正はある。インド人の腰骨や太股の太さ、強靱さというのは持ち合わせていないが、白人のブルース・ギターのように繊細さで特徴を出せるはずだ。


10年は雑巾がけ

ただ、これはおそらくインド人の先生にも見えていないことだと思うけれど、日本人は重心が降りていない。そこでインド人は、重みがないからもっと太れという。
バラタナーティヤム
野火杏子、小尾淳
本質は体重や太さではなくて、アース・コンシャスになっていないこと、意識が上に上がったままで踊っていることだ。これは文化的なもので日本に育てばインド人でもそうなると思う。
これを矯正するには常日頃から意識していないといけない。1、2年では身に付かない。5年から10年掛かるだろう。新体道の青木宏之師範によると、地球の中心と結びついているという意識を持つと体勢が崩れかかっても倒れないそうだ。
ワタシの表現でいうと、なにか見えないけれど重いヴェールがホールの中で自分とお客さんを覆って重しを掛けているという感覚を持って踊るといいんじゃないかと思う。一種の結界でもある。
もちろん、身体的にはリラックスしていないと重心は降りない。緊張をほぐすにはお尻で笑えという。もともとお安くないデーヴァダーシーは笑わない、歯を見せなかったそうだ。無理にニコニコ踊りをするのではなくて、身体を緩めて表情を柔らかにするのだ。
先の青木師範から賀状が届いたが、「拙成」(『菜根譚』の「文以拙進、道以拙成」より)という言葉が書かれていた。いわく、道を学び道徳を修める者は、才走った人よりも、むしろ遅鈍・拙劣な人のほうが成功するものである。
モーヒニーアーッタム
丸橋広美

最近の子は、2、3年インド留学してプロになって?インド舞踊家としてデビューしようと近道を考えているようだ。とんでもない話で、あと10年雑巾掛けしなさいといいたくなってしまう。インド舞踊は40才からの踊りだ。毎日シコを踏まなくちゃ。
今年はルクミニー・デーヴィー生誕百周年だそうです。記念行事や関連イベントが行われることでしょう。これもまた、カバン一つでやってきてお金をもらって帰りたいという人は山ほどいるけれど、雑巾がけをしたいという人はいない。
去年の日印国交五十周年も一般には浸透しませんでしたが、今回、インド関係者だけでも笛を吹いたら踊って欲しいものです。

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