インディカ舞

観音経とアメイジング・グレイス〜その五/音のバイブレーション
昔、アメリカでいかにアメイジング・グレイスが歌われたか。たまたま、みすず書房の小冊子「みすず」の7月号に柿沼敏江という音楽学者が書いたものを見つけた。
レッドベリーを「発見」し、ブルースやフォークを採集したアラン・ロマックスは、様々に歌われている「アメイジング・グレイス」を採集した。
様々というのは、詩こそ同じだが、今日知られているメロディとは別の歌で歌われていることをいう。分かっているだけで二十種類以上のメロディで歌われていたそうだ。
ジョン・ニュートンの手による賛美歌は、1779年にイギリスで出版された「オルニー賛美歌集」に歌詞だけ収められ、18世紀末にはアメリカ大陸に伝えられた。このときには、今とは別のメロディで歌われていたと思われる。
我々の知っているメロディには別の歌詞が付けられて、アメリカの賛美歌集「コロンビアン・ハーモニー」「ヴァージニアン・ハーモニー」に現れている。「アメイジング・グレイス」のテクストとともに現れるのは「サザーン・ハーモニー」においてだが、タイトルは「ニュー・ブリテン」となっている。スコットランドの歌に似ているらしい。
1959年にロマックスがケンタッキー州のバプティスト教会で採集した白人による「アメイジング・グレイス」では、まず、リーダーが歌詞に抑揚をつけて朗読し、引き続き会衆が歌うライニング・アウトという形式でおこなわれている。
さらに、和声的な合唱ではなくて、全員が同じメロディを少しずれて歌うヘテロフォニーによっている。そのため、声明のような東方的な響きがあるという。
アラバマ州の黒人教会で採集されたものでは、リーダーは朗読ではなく実際に歌い、メロディを引き延ばし、さらにコブシのような装飾を加え、身体を左右に揺らしながら歌ってていたそうだ。
黒人霊歌は「サージ・ソング」とも呼ばれ、波打つ感覚が特徴だ。細かく震わした声が重なり合うと音の波が渦巻き、単なるメロディを超えた面白さが自然発生する。音のシャワーが体感できる。
黒人たちは白人霊歌を借用しながら独自のスタイルで歌い上げるようになる。そして、ここで採集された曲は「ニュー・ブリテン」ではなく「ビスガ」という曲によっているとされているが、楽譜を見て分析すると、「ニュー・ブリテン」の即興的な変奏とも考えられるそうだ。
黒人は賛美歌集を持って見て歌うことはなかったので、より自由で即興的な装飾音が付く。
 
声明の場合
近頃、お経を読んでいて楽しいと思うのは音のぶつかり合いである。声の揃った斉唱ではない。
それぞれが個性のある声そのままで発した音が空中でぶつかって散り、あたりに響く様が面白い。他の人の読んでる音程には合わせないで、そのほかのスポットに気持ちいい音を見つけるのだ。
それは時にベースとなる音より上に行ったり、下に行ったりするが、チベット声明というのはその技巧を極めたものだろう。三倍音、五倍音など、西洋的なオクターブの二倍音ではないところに気持ちの良いハーモニーを見いだしている。複雑な倍音を構成して笛のようなうなり声を生じることもあり、「倍音声明」とも呼ばれる。
シンセサイザーの音がつまらなくて、オーケストラの響きがよいのは、一つ一つのバイオリンの音程やリズムがわずかにずれて、音に厚みと艶が加わるからである。また、スピーカから出る音は波形が単純化されているのみならず、指向性が限られている。自由に飛び散る音のぶつかり合いが楽しいのである。
声明というのは本来、定められた音に従って唱えるべきものだが、実は、このように崩しやずらしを楽しみながら行われていたのではないか。
ジャズみたいに、もともとのメロディやリズムは当然知っているものとして、即興的にフェイクをやるのだ。そうすると、後で、「あれ」は面白かったぞと仲間に誉められたり、逆に老僧に叱られたりする。そのうち、今度は「あれ」で行こうとなる。フェイクの方が本物になる。
そうでないと、もとは同じ経文を同じ節で唱えていたはずなのに、天台や真言など流派によって節が全く異なることの説明がつかない。間違えて伝えられたものが代々積み重なって異なるものになったというよりはフェイク説を採りたい。
賛美歌の場合もそうだが、守るべきはテクストの方で、メロディは揺れているのだ。
声明も今や西洋音楽的解釈、基本的にピッチを合わせた斉唱で歌ってしまうが、「ユリ」という音程を弛ませる技法も、みんな同じ周期でユリを行うのではなくて、各人各様にやって異なる音程がぶつかった方が面白いのではないかと思う。
高野山系の真言声明はピッチを合わせない。これも人数が集まると力強く、野太く響く。お堂の中にチベット声明的な倍音が響いていて感動した。聞いてみると、豊山声明も天台の影響でピッチを合わせるようになったそうだ。
平安時代には雅楽と一緒に声明を唱えたが、すぐに廃れてしまった。おそらく、お坊さんは音痴?で、楽器の音程に合わせることが出来なかったのだろう。
そもそも明治時代に唱歌が作られたが、実はほとんどの人はこれを歌えなかった。西洋音階など聞いたこともないので、童謡や民謡の音でしか歌えなかったからだ。だから、初期の歌手というのは音大出だった。
今だって、特別な訓練をしないとブルーノートの音程で上手に歌うことは出来ない。声明にも難しい音程がある。

トゥンバン・スンダ
先日、友人たちの手でインドネシアから高名な歌手のコマリアさんを招き、トゥンバン・スンダを聴くというリサイタルが催された。
トゥンバンとは詩歌を意味するので、スンダ地方の詩歌という意味だ。十九世紀から貴族の間で、自ら作詞作曲するものとして発達した。古くは大まかなメロディラインが決められていて、自由に歌詞を選んで歌い替えて遊んだものだ。同じタイトルの曲であっても、歌詞も違えば味わいもその度に異なる、そこが楽しみでもある。
カチャピというお琴みたいな楽器をつま弾いて、スリンという笛と胡弓に相当するルバブで伴奏をする静かな歌だ。日本の沖縄音階や民謡、童謡の音階に似た旋律があり、歌詞こそ分からないが日本情緒を感じさせる。アンコールで五木の子守歌を歌ったら、日本人より上手かった。
それで非常に驚いたのは身体を動かさない歌い方だ。ふつう、微妙な音程やビブラートのコントロールに身体を揺らしてしまうものだが、あごをわずかに傾けるくらいでほとんどまっすぐに座ったまま歌っている。ゴスペルとは対照的だ。
そのかわり、身体のなかのツボ、ヨーガのようにチャクラと呼んでいいのか分からないが、ツボを震わせ、音程によって身体のあちこちを響かせているようだ。歌うツボ・マッサージだ。
剛速球ではなく、音に微妙な回転を与えて押し込んでいく高級テクニックだ。中国拳法でいう発勁に近いエネルギーの放出の仕方があるのではないか。
インドでもドゥルパダという声楽形式では、もう少し派手だが身体の各部を震わせてビブラートをかける。トゥンバンの歌い方がその古い形を伝えているような気がした。声明のユリとかソリなども、ひょっとしたら現行の形ではなくて、インド的な声楽の技法が伝えてられていたのかもしれない。
声明の理論でも、宮、商、角、徴、羽と呼ばれる五音のそれぞれの音に特定の装飾音が付けられる点など、インドの音楽理論と共通するところがある。循環する拍の考え方も雅楽やインドネシアにある。
インド人は極端に走るのでインド音楽の技法はとてつもなく発達しているが、音楽理論の核となるところは古く日本に、そしてインドネシアにも伝わっているような気がする。 気持ちをアップさせるゴスペルと違い、声明はトゥンバン・スンダと同じく癒し系のようだが、トゥンバンは超一流のプロの技。声明は教会音楽たるゴスペルのように、寺院音楽。つまり、歌のプロのものではない。
そのかわり、大人数で声を出して堂内に音波を廻らせ、エネルギーを満たすという点でゴスペルの方に近いのだが、唱えるのは一般信者ではなくて僧侶のみだ。そのため裾野がきわめて狭い。
近年、グレゴリオ聖歌と共に声明も静かなブームとはなっているが、まだまだ浸透していない。逆にいうと、これから伸びしろがあるということだから、坊さんは頑張らないといけないなあ。

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